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- Newer : キリシュ・入間
思えば、何もかもが怪しい届け物だった。
注文をした覚えもない箱を、どうして受け取てしまったのか。
思いとどまればいいものの、何故、蓋を開けてしまったのだろうか。
自分でも馬鹿としか思えない行動をあえて肯定してみせるのならば、漠然とした予感が俺の中にあったからだろう。
鈍色の箱から溢れるほどに詰め込まれた白い緩衝材を前に、俺は生唾を飲み込んだ。
裏にどんな思惑があるにしろ、落ちてゆくばかりの人生が確実に変わる。それも、強制的に。
放り投げたアルミ製の蓋に張り付いている送り状は、一つの場所にとどまったことのない俺の居場所を、ピンポイントに指定していた。
今日、この時、この場所にいると知って届けられた代物が、物騒でないわけがない。
「さあ、何がはいってるんだ?」
信じちゃいない神に祈りを捧げ、マシュマロのように柔らかい緩衝材を搔きだしてゆく。
一瞬で終わっちまうような、爆弾の類いでなければ、どれほど危険な代物であろうとかまわなかった。
大量殺人者として軍を追われ、命はなんとか助かったものの、気づけばキリシュ・入間という名前と衣服以外のすべてを、俺は失った。
その日暮らしの生活は乞食と大差はなく、正直に言えば、卑しいとさえ思っている。
やり場のない思いを抱えたまま、俺はただ生きている。何をするでもなく、無駄に酸素を消費し続けている。
これは、罪だ。
残された人生を有意義につかう資格なんて、俺にはない。そうやって、何度も何度も繰り返し、どうにかごまかして生きてはいても、俺は嫌になるくらいに人間だった。
突き付けられる理不尽から解放されたいと、切望してやまない思いは何年経ってもきえやしない。俺はずっと、底辺で無力さにもがいていた。
くすぶり続ける命なら、いっそ華々しく散らしてしまえたら。
目に見えないくせに、確かに気配を感じさせる。この、どうしようもない檻から抜け出す切っ掛けを、俺は得体の知れない箱に託していた。
「ろくなものがはいってないってのは、開けなくたってわかっていた。だがね、なんだって軍用セクサロイドの幼体が送られてくるんだよ。悪趣味だろう?」
緩衝材に包まれていたのは、こぎれいな顔立ちの人工生命体だった。
銃やナイフと同じように、荒ぶる性を鎮めるために支給されている慰み者は、なめらかな素肌を晒したまま、胎児のように手足を折り曲げ、眠っている。
箱に詰め込まれているセクサロイドは、商品として成熟する前の個体だろう。軍で見たものとはちがって、はっきりとした性別はわからない。
「しばらく見ないうちに、ずいぶんと日和ったようじゃないか、キーリ」
キーリ。
ごくごく一部の人間しか使わない、俺の愛称だ。
「……誰だ?」
セクサロイドの瞼がゆっくりと持ち上がり、現れた藍色の瞳が、後ずさる俺を逃がすものかとしっかりと捉える。
「誰、とはつれないなぁ。せっかくだ、当ててみせてくれよキーリ」
まったく覚えのない幼い声には、他人を馬鹿にしきった独特の含みが混じっている。
どこかで聞いたような、懐かしいと言うよりはむしろ、腹が饐えるような嫌すぎる既視感がじわじわとこみ上げてくる。
「わからないなら、ヒントをあげよう」セクサロイドは、できの悪い生徒を叱るように嘆息をこぼし、瞼を持ち上げたときと同じ速度で上半身を起こした。
「民間人をなぶり殺しにした大罪人、キリシュ・入間。正純であるべきヴェラドニア軍において、君のような悪鬼を愛称で呼ぶ人間は、そう多くないだろう?」
白銀の髪をかき上げ、セクサロイドは「まだ、わからないのかね」と、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「君らしくもないね、キーリ。ヴェラドニアでは、誰も彼もが君のことを馬鹿だ愚図だと罵っていたけれど、生まれの卑しさなど足かせにもならないくらいに、君はだれよりも賢く正しかっただろう?」
態度のでかいセクサロイドは、箱の中でふんぞり返って笑う。
同一生産ラインで、大量に作りだされるセクサロイド。
美しくとも、唯一ではない汎用性の高い顔を睨み、導き出された答えに、俺は頭を抱えるしかなかった。
「わからないわけじゃない」
「なら、僕は誰だ?」
姿も、声も、存在すらも。何もかもが過去の記憶と一致しなくとも、俺には分かってしまった。
「いったい、何が起こっているんだ? ……清晴」
ヴェラドニアの軍事力を支える天才、相羽清晴。
研究室の引きこもりは、どこにでも転がっているセクサロイドの顔で、にんまりと笑って返した。
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