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2024/05/02

ユンファ姐さんと

 風呂場のタイルを全力で磨き上げ、古ぼけた四畳半へと戻る途中だった。

 とてつもない威圧感に振り返ると、両手をくんで立っているユンファと目が合った。眼光が鋭すぎて、いつ見ても睨まれているようにしか思えない。正直いえば、怖い。

 だが、おかしい。

 叱られるような仕事は、していないはずだ。

 まだ居候して日が浅いが、掃除の手を抜いたとばれたら最後、酷い目に遭うのは身をもってすでに教えられている。

 ゆえに、俺の仕事は完璧のはずだ。もう二度と、荒縄で縛られて転がされたくはない。

 自分でいうのもなんだが、文句がつけられないくらい浴槽も床も磨き上げてきた。 ほれぼれするほど完璧な仕事だぞ、文句は言わせない。

「あの、なにか用ですか? ユンファの姐さん?」

 意気込んだものの、喉から出た声にはわずかばかり震えがまじっていた。どうにも、ヤり辛い。

 居候の手前っていうのもあるのだが、ユンファを前にすると口調が自然と敬語になってしまう。一種の、職業病だろう。軍人気質は、なかなか消えてくれないようだ。

「掃除は、ちゃんとやっておいたはずですけど?」

「ん? ああ、ちゃんと綺麗になっていたぞ。やればできるじゃないか、キーリ」

 どうやら、仕事の文句じゃないようだ。とりあえず、胸をなで下ろす。

 命の恩人だし、住処と食事(ほとんどユンファの腹に収まっているのに、なぜか折半になっているのは、納得しかねるが)を提供してくれるのは嬉しいが、もう少し優しくしてもらいたい。

「がんばっているようだからな、あんたにこれをやるよ」

 逃げ腰を宥めすかしている俺に詰め寄り、ユンファが白い小箱をつきだしてきた。

 プレゼントだって?

 いや、まさか考えられない。金の亡者だろう?

 腹の内がよめずにただ硬直していると、痺れをきらしたか、ものすごい握力でユンファが俺の右手を取り、小箱をねじ込んできた。

 痛い、とんでもなく痛すぎて、悲鳴も上がらない。

「あけてみておくれ、とてもいいものを買ってやったんんだからな」

 爽やかな笑みが、なんだか恐い。背中に滲む冷や汗に、つま先から頭まで震えが走った。昔の仲間が見たらきっと、俺を指さして笑うにちがいない。  開けるまで立ち去らないつもりか、じっと手元を見つめてくるユンファにびくつきながら、小箱を開ける。

「なんなんですか、これ」

 中に入っていたのは、紐がついた小さなカードだ。銭湯の店名が彫られている。

「キーリ、あんたってば、あっちこっちでよく倒れるだろ? その札をぶら下げておけば、親切なひとが銭湯まで運んでくれるだろうとおもってね」

「迷子札、ですか?」

いや、むしろ荷札のようにしか見えない。

 ナイスアイデアだろう? と、ユンファは逞しい胸を張る。喜べばいいのか、怒ればいいのか。

 とにもかくにも、まだここにいていいってことだと好意的に解釈しておこう。楽天的に考えるのは、悪いことじゃない。

 実に良い笑顔のユンファにならい、俺もこれ以上ないってほどの笑みをかえした。

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2012/03/18 Trackback() Comment(0)

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