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風呂場のタイルを全力で磨き上げ、古ぼけた四畳半へと戻る途中だった。
とてつもない威圧感に振り返ると、両手をくんで立っているユンファと目が合った。眼光が鋭すぎて、いつ見ても睨まれているようにしか思えない。正直いえば、怖い。
だが、おかしい。
叱られるような仕事は、していないはずだ。
まだ居候して日が浅いが、掃除の手を抜いたとばれたら最後、酷い目に遭うのは身をもってすでに教えられている。
ゆえに、俺の仕事は完璧のはずだ。もう二度と、荒縄で縛られて転がされたくはない。
自分でいうのもなんだが、文句がつけられないくらい浴槽も床も磨き上げてきた。 ほれぼれするほど完璧な仕事だぞ、文句は言わせない。
「あの、なにか用ですか? ユンファの姐さん?」
意気込んだものの、喉から出た声にはわずかばかり震えがまじっていた。どうにも、ヤり辛い。
居候の手前っていうのもあるのだが、ユンファを前にすると口調が自然と敬語になってしまう。一種の、職業病だろう。軍人気質は、なかなか消えてくれないようだ。
「掃除は、ちゃんとやっておいたはずですけど?」
「ん? ああ、ちゃんと綺麗になっていたぞ。やればできるじゃないか、キーリ」
どうやら、仕事の文句じゃないようだ。とりあえず、胸をなで下ろす。
命の恩人だし、住処と食事(ほとんどユンファの腹に収まっているのに、なぜか折半になっているのは、納得しかねるが)を提供してくれるのは嬉しいが、もう少し優しくしてもらいたい。
「がんばっているようだからな、あんたにこれをやるよ」
逃げ腰を宥めすかしている俺に詰め寄り、ユンファが白い小箱をつきだしてきた。
プレゼントだって?
いや、まさか考えられない。金の亡者だろう?
腹の内がよめずにただ硬直していると、痺れをきらしたか、ものすごい握力でユンファが俺の右手を取り、小箱をねじ込んできた。
痛い、とんでもなく痛すぎて、悲鳴も上がらない。
「あけてみておくれ、とてもいいものを買ってやったんんだからな」
爽やかな笑みが、なんだか恐い。背中に滲む冷や汗に、つま先から頭まで震えが走った。昔の仲間が見たらきっと、俺を指さして笑うにちがいない。 開けるまで立ち去らないつもりか、じっと手元を見つめてくるユンファにびくつきながら、小箱を開ける。
「なんなんですか、これ」
中に入っていたのは、紐がついた小さなカードだ。銭湯の店名が彫られている。
「キーリ、あんたってば、あっちこっちでよく倒れるだろ? その札をぶら下げておけば、親切なひとが銭湯まで運んでくれるだろうとおもってね」
「迷子札、ですか?」
いや、むしろ荷札のようにしか見えない。
ナイスアイデアだろう? と、ユンファは逞しい胸を張る。喜べばいいのか、怒ればいいのか。
とにもかくにも、まだここにいていいってことだと好意的に解釈しておこう。楽天的に考えるのは、悪いことじゃない。
実に良い笑顔のユンファにならい、俺もこれ以上ないってほどの笑みをかえした。
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